相続放棄

人が亡くなると相続が生じます。
相続人になる人は民法で規定されており、配偶者(妻又は夫)は常に相続人に、以外の相続人には順位がついており、まず子供、子供がいなければ親、親がいなければ兄弟姉妹が相続人になります。
※子、親に関しては、その方が亡くなっているがその下(孫等)、その上(祖父母等)がいれば、その者が相続人となります(代襲相続人)。
兄弟姉妹に関しては、その者の子のみが代襲相続人となります。

この様に相続人になる者は決まっていますが、どのように、何を相続するかは状況により変わってきます。

基本的には、遺言書か遺産分割協議により遺産をどう分けるか決めることになります。
遺言書があれば、形式等の問題がなければその内容に従って遺産を分け、なければ相続人全員で協議して決めることになります。
これにより、故人名義の不動産、預貯金、有価証券等々を誰が相続するかが決まります。

ここで問題になるのが故人に借金がある場合です。
故人の借金を誰が相続するか?
そもそも、本人は死んでいるのにその借金は返済しなければいけないのか?

扱い方を間違えると、思わぬトラブルに巻き込まれるおそれもあります。
今回は、故人の借金について司法書士が分かりやすく解説します。

借金は相続財産

遺産、相続財産、、、、と聞くと不動産や預貯金等のいわゆるプラスの財産を想像しますが、借金も同様に故人の財産です。
相続すると、プラスの財産だけでなく借金のようなマイナスの財産も相続することになります。
借金を相続するということは、相続人は借主当事者となって返済していかなければいけないことになります。

基本的にプラスの財産だけを相続して借金は相続しないということはできません。
※例外的に「限定承認」という特殊な相続手続きをすれば、プラスの財産を精算して借金を返済し、プラス部分が余ればそれを相続することができますが、高額費用、長期を要する等のデメリットがあります。

では、相続財産である借金はどのように相続されるか?

借金の相続は自分たちで決められない

故人が遺言書で、「私の借金は長男である〇〇に相続させる」や、遺産分割協議で「親の借金は親から一番援助してもらっていた〇〇が全部引き受ける」と決めても、法的効力はありません。

ここで言う法的効力とは、債権者である貸主に対してです。
相続人全員で決めたことであれば、相続人間では有効と言えるでしょうが、債権者に対しては何の効力もありません。
効力がないということは、債権者は相続人全員に返済請求ができるということになります。
請求された相続人は、「〇〇が全部引き受けて返済するように決めている」と言って拒否することはできません。

では、借金はどのように相続されるかというと、法定相続割合に従って相続されることになります。
遺言書にどう書かれていても、遺産分割協議でどう決めても、以下のような法定相続割合になります。

  1. 配偶者+子    ➡  1/2 + 1/2
  2. 配偶者+親    ➡  2/3 + 1/3
  3. 配偶者+兄弟姉妹 ➡  3/4 + 1/4

故人に1,000万円の借金があって、相続人が妻と子2人の場合、妻は500万円、子はそれぞれ250万円の借金を自動的に相続することになります。

債権者に承認してもらえば話しは別

借金は貸手と借手間の問題です。
当事者間で話し合って合意すれば、借金をゼロ(免除)にもできます。

同じように借金の相続についても、相続人で話し合って長男〇〇が借金全額相続することにして、それを債権者が承諾すれば問題ありません。
債務者を長男〇〇とする変更をすれば、他の相続人は故人の借金の返済義務から解放されます。

例えば、故人の借金が2,000万円で相続人が子4人。
この場合、4人の子がそれぞれ500万円の借金を相続することになりますが、4人の子全員に返済能力があるとは限りません。
長男が事業に成功していて多くの資産を保有していれば、債権者としても返済できるか分からない他の相続人が借金を相続するより長男が全額相続する方が安心でしょうから承諾するでしょう。

借金を相続しない方法

借金を相続しない方法としては2つあります。

一つは先に述べた「限定承認」です。
相続があったことを知ってから3ヶ月以内に家庭裁判所に所定の手続をすることが必要です。

もう一つは「相続放棄」です。
これも限定承認と同様に3ヶ月以に家庭裁判所に相続放棄申述書を提出する必要があります。
限定承認はプラスの財産を相続できる可能性がありますが、相続放棄は一切何も相続することは出来ません。

この2つのうち、どちらかの手続きを期限内にすれば、故人の借金を相続することはありません。
よって返済する義務は一切なくなります。
たまに、返済してくれたらもうけもん・・みたいな感じで、親の借金の返済を子に求める業者がいたりしますが、「相続放棄しました!」、「限定承認しました!」の一言でOKです。

※遺産分割協議を行ってしまうと、相続財産の処分をしているとみられて相続放棄ができなくなる可能性が高いので注意が必要です。

これだけは気を付けて

期限内に家庭裁判所で所定の手続をして相続放棄をしていても、自分のとった行為で相続放棄が取り消されたり無効になったりし借金を相続したことになってしまうことがあります。
借金額が大きいと、債権者もどうにかして回収したいと思っているので、注意深く相続人の行為をチェックし問題があるとみると相続放棄無効の訴訟を提起したりします。

なにが問題か?

民法921条3項に以下のように規定されています。
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
3項:相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

故人の相続財産を隠したり、だまって自分のために使っていたりすると、家庭裁判所で認められた相続放棄が無効となり、単純承認したものとして扱われます。
単純承認とは、プラスの財産もマイナスの財産も全部相続することを言います。

プラスの財産を全処分・換金して故人の借金全額返済できれば良いですが、返済できなければ相続人の財産から返済することになります。
ヘタすると、親の借金のため自己破産・・という最悪な事態もないとはいえなくなります。

故人が亡くなると預金口座は凍結されますが、それは銀行が故人が亡くなったことを知っている場合です。
役所に死亡届を提出すれば、自動的に口座が凍結される訳ではありません。
銀行が亡くなったこと知らなければ凍結されないので、相続人は故人の口座から預金を引き出すことも可能です。
このとき、安易に個人の口座から預金を引き出して自身の生活費等々に使ってしまうと民法の「私にこれを消費し」に該当し、相続放棄が無効となるおそれがあります。

また、遺品を形見分け感覚で持ち帰ってしまった場合、それが高価なものであれば隠匿に該当することもあります。

故人の負債額が大きく、絶対に相続したくない、相続できない場合は速やかに相続放棄の手続きをし故人の遺産には一切手を付けないことが重要です。