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自己破産手続などの各種債務整理をすると、給料が差押えられるのではと手続着手にちゅうちょされている方がいらっしゃいます。

給料が差押えられると、日々の生活に困ってしまう、借金が会社にバレるのではないか?という不安が手続きを思いとどませる原因になっています。

結論から言えば、任意整理手続きを除き、個人再生、自己破産を行うことで給料が差押えられることはありません。

もっと言えば、個人再生、自己破産手続きをすることで、給料を差押えることが(強制執行)できなくなります。

個人再生、自己破産は裁判所主導で行われる法的債務整理手続きです。

債務者の財産を精査し、借金の減額又は返済免責を行い、債務者の救済を図っていきます。

法的手続きが開始されると、債権者平等の原則が生じ、全債権者はその債権割合に応じて扱われることになり、抜けがけ的な特定債権者による強制執行はできなくなります。

よって、自己破産や個人再生をすることで給料が差押えられ会社に知られてしまう、、という事はありません。むしろ、何の手続きもせず滞納し続けている方が、給料を差押えられるリスクがあると言えます。

債務整理手続きでも「任意整理」は、上記のような制限がないので気を付けなくてはいけません。

債務整理で財産全部取られて丸裸?

債務整理をした後も日常生活は続きます。債務整理で自分の手持の財産がどうなるかは気になるところです。

「任意整理」「個人再生」「自己破産」の3種類の債務整理手続きにおいて、自分の財産がどうなるかをケース別に分けて司法書士が分かりやすく解説します。

返済を滞納したら差押えられる?

「差押え」という言葉は多くの方に知られていますが、どうなったときに差押えられるかはあまり知られていません。

返済を滞納したら給料や財産が差押えられるか?

債権者は債務者が返済を滞納してもすぐに給料等を差押えることはできません。

差押えは、裁判所が公権力を使って行う強力な権力行使です。債権者が債務者が滞納しているから債務者の給料を差押えて下さいと申し出ても、債権者の言い分のみで動くことはありません。

債権者は差押えの前段階として、返還請求訴訟の提起や支払督促をしなければいけません。

貸金返還請求訴訟を起こし、裁判でお金を返済する約束で貸したこと、約束通りに返済されていないことを証明して仮執行宣言付判決をとるか、判決を得て確定すれば、それを元に債務者の給料等の財産を差押えることができます。

別の方法として支払督促があります。裁判所に貸金についての経緯を説明して債務者に支払督促を送達してもらいます。債権者は裁判のときのような詳しい証明をする必要なく、比較的簡単に督促状を送達してもらえるのでよく利用されます。

簡単に送達されるのは、送達された相手は異議申立ができるからです。

裁判所としては、「債権者があなたに貸したお金を返してと言っているから一応督促するけど、何か言い分があるなら2週間以内に異議申立して下さい。そうすれば、この支払督促は失効するからあとは裁判で争ってください」という感じです。

異議申立せずに2週間経過したらどうなるか。

債権者は裁判所に仮執行宣言付支払督促の申立を行い債務者に送達してもらいます。これが送達されてしまうと差押えが可能になります。2週間内に異議申立をしなかったということは、債権者の言い分を認めたと捉えられるからです。

このように滞納しただけではすぐに給料等が差押えられることはありませんが、上記のような手続を債権者がとると給料等の財産が差押えられるおそれがあります。

任意整理で差押え?

任意整理で給料等の財産の差押えを制限することはできません。

司法書士が任意整理手続きの受任通知を送付すると、債権者は債務者に返済の督促をすることができなくなりますが差押えは可能です。

我々が代理人として債権者と交渉する際、交渉中は訴訟提起、差押えはしないようにお願いします。ほとんどの債権者は対応してくれます。

しかし、交渉中は返済をずっとストップしているので、交渉が長引けば債権者の中にはしびれを切らして訴訟提起、支払督促を行い差押え手続きに着手することがあります。

これを防ぐには、ある程度の期間で一致点を見つけて交渉を終了させる必要があります。

  • 実際に債権者が給料を差押えるには、債権者が裁判所に債務者の勤め先を知らせなければいけません。裁判所が勤め先を調査するようなことはありません。債権者が勤務先を把握していれば給料差押えのリスクがありますが、転職していて新しい勤め先を債権者が知らなければ差押えることはできません。

ローンがある場合は注意

以下のようなローンがある場合、そのローン債権の任意整理には注意が必要です。

  • 住宅ローンや不動産担保ローンで不動産に根・抵当権が設定されている。
  • ローンで自動車を購入している。
  • カードで高級品を分割払いで購入している。

住宅ローン、不動産担保ローンの債権を任意整理すると、抵当権を実行され不動産が差押え・競売にかけられる可能性大です。

自動車をローンで購入していて名義は債権者名義であれば、新車や高級車等残存価値があれば、引き上げられることになります。

クレジットカードや分割ローンで購入した場合、通常、所有権留保特約(完済するまで所有権は債権者にある)があり、換価価値があれば引き上げられる可能性があります。

競売、引き上げを回避するには、これらのローン債権を任意整理の対象から外す必要があります。

個人再生で差押え?

個人再生手続きでは全ての債権が整理対象になるので、手続き後に特定の債権者が自身の債権をもとに債務者の財産を差押えることはできません。

手続き前に既に差押えられている場合はどうなるかが問題になります。

個人再生手続きの開始が「決定」されれば、差押え手続きは中止されます。

但し、自動的に中止されるわけではありません。個人再生手続きを決定した裁判所と差押えの執行裁判所は異なるので、手続き開始が決定されたことを直ちに執行裁判所に伝えて差押え手続きを中止してもらわなければいけません。

差押えられている対象が給料であれば、支給日が到来すると債権者が取り立てを行うので、支給日前に中止することが重要になります。

また、「決定」が出るまで待てないような状態であれば、申立時に中止命令の申立も行います。裁判所が必要があると認めれば、再生手続開始の申立の決定があるまでの間、中止を命じてくれます。

その後、再生計画が認可・確定すれば、差押えの効力はなくなります。

自己破産で差押え?

自己破産手続きも個人再生と同様、手続開始により財産の差押えができなくなります。

既に差押えられてる場合も、手続きは中止されます。自己破産の場合、「差押え」が行われることはないのですが、自己破産の場合、別な意味で財産保持が制限されます。

自己破産は、保有している財産を換金して債権者に返済し、返しきれなかった借金の返済を免除する手続きです。

債権者にしてみれば、自分は貸したお金の回収ができなくなるのに、債務者は財産をそのまま保有できるとなれば納得できないでしょう。そこで、破産手続きという換金、返済が行われます。

ただし、手持ちのお金から何もかも全部取り上げられて返済に回されたら明日から生活ができなくなります。そこで、一定範囲の財産は自己破産しても差し出す必要はないとされています。この財産を「自由財産」と言います。

自由財産は以下の通り

  • 現金99万円まで(預金不可) ※直前に預金から引出した現金は認められない場合があります。
  • 新得財産(自己破産開始決定後に取得した新たな財産)
  • 差押が禁止されている財産(生活に必要な物・・例えばタンス、ベッド、洗濯機、冷蔵庫、仕事に必要な道具等)
  • 給与の4分の3(上限33万円)及び退職金の4分の3
  • 生活保護費、年金、失業給付金等

さらに、福岡地方裁判所では下記項目は換価等をしない財産との取扱いになっています。
(裁判所は管財人の意見を聴いて相当と認める場合は換価の対象となります。)

  • 預貯金・定期預金(20万円以下)
  • 保険の解約返戻金(20万円以下)
  • 自動車(20万円以下)
  • 敷金
  • 退職金(見込み額の8分の7相当額)等々

ただし、残せる財産額は総額99万円までです。

給料と差押えの関係

任意整理、開始決定前の個人再生と自己破産においては、差押えについての制限はないので給料が差押えられる可能性はあります。

差押えは給料全額ではなく、貸金による差押えは4分の1までと決められています。

滞納しているからといきなり給料が差押えられるのではなく、債権者が給料を差押さえるには、次の2つが必要になります。

1.債務者の勤め先を把握している。
2.差押えのための前提条件を満たしている。

債権者は裁判所に、〇〇株式会社で働いている〇〇の給料を差押えて下さいと申立しなければいけません。

初めてお金を借りるときに、債権者に勤め先を教えることになるので、以後同じ会社に働いていたら債権者に勤め先が把握されていることになります。

転職していたら、こちらから教えていない限り債権者には勤め先が分からないので差押えようがありません。債務者の給料の4分の1を差押えるために、高い費用を払って勤め先を調査するか?というと疑問です。

次に差押えのための前提条件として、貸金返還請求訴訟を起こし勝訴判決(仮執行宣言付判決、判決の確定)を得る、または、支払督促及び仮執行宣言付支払督促をしていること等が必要になります。

  • 最初の支払督促受領後2週間以内に異議申立をすれば裁判に移行することになり、判決がでるまでは差押えができなくなります。

会社は従業員の給料の4分の1に対して差押えの通知がきたとき、どう対処するか?

差押えられた4分の1を残して、4分の3を従業員に給料として支払う場合もありますが、他の方法をとる会社もあります。

給料全額を法務局に「供託」します。従業員と債権者の借金トラブルに巻き込まれたくないので、全額供託して「あとは当事者間で解決して下さい」という対応をとることがあります。

供託されたら、債権者は4分の1について取得する権利がある旨の証明をして供託された給料から4分の1を受け取ります。

残りの4分の3は、債務者自身が法務局で手続をして受領しなければならないという面倒な事になってしまいます。

任意整理と給料

任意整理手続きは、裁判所は関与せず当事者間での交渉で債務を整理しようとする手続です。

給料差押えについて制限はありません。

初めて借入をする際、申込表に勤め先を記入するでしょうから、その後転職していなければ債権者は債務者の勤め先を特定でき、判決や仮執行宣言付支払督促がなされている状態であれば、債権者は給料を差押えることができます。

任意整理は借金を返す前提での交渉なので、任意整理の交渉に応じた債権者が交渉中にいきなり給料を差押えるということは考えにくいです。(交渉自体に応じず訴訟を提起する業者はわずかですが存在します)

ただし、交渉が長引くと訴訟や支払督促をしてくる場合があります。

既に給料が差押えられていたら、解除するかどうかは債権者の自由な意思によります。金融業者もそれなりの経費をかけて差押え手続きをしているので、この段階で手続をやめてくれる可能性は高くはないです。

ただし、任整理後の返済計画等を丁寧に交渉、説明することで、差押え解除に応じてくれる場合もあります。

個人再生と給料

個人再生によって給料が差押えられうことはありませんが、既に差押えられた後に個人再生を行った場合の給料の取扱いについて解説します。

個人再生手続き開始決定により、差押え手続きは中止されます。

  • 個人再生申立裁判所と差押え執行裁判所は異なるので、申立人が執行裁判所に手続き開始決定を上申する必要があります。

差押手続きは中止されますが、この時点では差押えられた部分の給料を取得することはできません。

これは、手続きは開始が決定しただけでまだそどうなるか分からないので、再生計画が正式に裁判所に認可されるまでは一時的に差押え手続きを停止しておく扱いになるからです。

その後、再生計画の認可決定が確定すれば、差押えの効力がなくなり、債務者は給料を全額取得することができます。

  • 給料がもらえないと債務者の生活に著しく支障が生じるような場合は、特別に裁判所の許可により取得できる場合があります。

自己破産と給料

自己破産の過程で給料が差押えられることはありませんが、給料全額取得できるかというとそうではありません。

自己破産申立時点での給料については一定の制限があります。

給料は債権者による差押えからは免れますが、裁判所に債務返済費用として一部を差し出さなければいけない(換価対象)場合があります。

また、給料が差押えられている状態で自己破産をした場合、同時廃止と管財事件で取扱いが異なります。

既に受けっている給料の扱い

既に受けとっている給料は、保管方法により現金又は預金として扱います。

自己破産において現金は99万円まで、預金は20万円まで手元に残すことができます。預金は1口座に対してではなく、複数の口座があれば全口座の残高総額が20万円を超えていたら換価対象になります。そして、対象は20万円を超えた部分ではなく、「全額」になります。

また、現金、預金それぞれ上限まで保有できるのではなく、全財産として残せる額は、「総額99万円」までと上限が規定されています。

現金の方が残せる額が大きいと預金から引き出して現金化しても、預金取引履歴で分かるので引き出された現金は預金扱いになります。ただし、生活費として引き出す分には問題ありません。
普通預金は、直近の必要な生活費として20万円以上の額が認められることもあります。

未受領の給料の扱い

給料の支払いが、月末締め翌月10日支払いのケースでみると、5日に破産開始が決定された場合、前月働いた分の給料が月末締めをもって既に発生しているので、10日に支払われる給料は破産手続きでの換価処分の対象となります。

破産手続において、受け取り予定の給料のうち自由財産として手元に残せるのは4分の3です。4分の1は換価処分の対象となります。

しかし、給料は生活費用であり、4分の1を取り上げられると生活に支障をきたすおそれもあります。

そこで、給料が高額でない限り、裁判所は4分の1も取り上げないこともあります。

破産手続き開始決定後に発生した給料は、換価処分の対象にはなりません。

既に差押えられている給料の扱い

自己破産手続きの開始が決定されると、差押え手続きは中止、失効されます。

その後、差押えられていた給料は全額戻ってきますが、同時廃止と管財事件とでは戻ってくる時期が異なります。

管財事件の場合、破産手続き開始決定により破産者の財産は破産者から離れて破産財団に属するようになります。そして破産法42条で、破産財団に属する財産に対する差押えは禁止され、既に差押えられている場合はその効力を失うと規定されています。

差押えの効力がなくなり差押えはなかったことになるので、この時点で全額戻ってくることになります。

対して、同時廃止の場合は事情が異なります。

同時廃止の場合、決定と同時に破産手続きが廃止されるので、管財事件に適用された破産法42条は使えず給料の差押えを禁止したり、既にされている差押えを失効させることができません。

この場合、破産法249条により、手続きが確定するまでの間は、差押え(強制執行)はできず、既になされている差押えは「中止」されることになります。管財事件では差押えは「失効」でしたが、同時廃止では「中止」となります。

「中止」である以上、差押えの効力は一応維持されるので、この時点では差押えられている給料は戻ってきません。

ただし、その後、手続きが終了し免責申立が認可され確定したら、中止している差押えの効力が失効するので、給料は全額もどってきます。

  • 同時廃止では管財人がいないので、手続き開始決定による差押え手続きの中止、免責が認可・確定したことによる差押えの失効を執行裁判所に破産者が上申しなくてはいけません。